ペット葬儀:常福寺沿革
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当山は、山号を「法立山」寺号を「常福寺」と称し、室町時代の永正8(1511)年8月、浄徳院日立上人により浅草新鳥越の地に創建される。

その後、江戸幕府の宗教政策により同吉野町(現在の台東区今戸)に移転したが、大正12年9月の関東大震災により寺宝等ことごとく全焼するが、昭和3年3月都市計画により現在の地、世田谷区北烏山に移転再建され現在に至っている。
境内には藤棚とタヌキの置物「通称タヌキ寺」があり、参詣者の心を和ませている。


今月のことば

平成二十九年二月

一切の衆生の同一の苦は悉く
これ日蓮一人の苦と申すべし

諫暁八幡抄

この御書は弘安三年(1280)十一月に鎌倉の鎌倉八鶴岡が炎上したことを契機に、翌十二月に身延山にて執筆されました。
日蓮大聖人は「少々の難は数知らず。大事の難四度なり」と自ら語られるほどに、度重なる迫害に遭われました。
当時の日本は疫病や天変地異、飢饉、内乱、さらには蒙古からの侵略(元寇)などにより混乱を極めていました。
時の鎌倉幕府執権北条氏がこの危機的状況から日本を守ろうとされた日蓮大聖人を迫害し、幕府の守護神とされる八幡大菩薩がそれを罰しなかったために、鶴岡八幡宮が炎上したというのです。

このような出来事から「信仰上の誤りをいさめ、さとす」という意味の「諌暁」というお言葉を使われ、法華経の行者の守護を八幡大菩薩に期待されたのです。
ここお言葉は法華経以外の教えを信仰する人々が堕地獄(地獄へ落ちる)という最大の苦を受けることを憐み、その苦は皆、日蓮大聖人が一人で受け止めるという大慈悲の表れです。
私たちも日蓮大聖人の教えに従い、他人の苦しみを受け入れる慈悲の心を育てましょう。


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