ペット葬儀:常福寺沿革
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当山は、山号を「法立山」寺号を「常福寺」と称し、室町時代の永正8(1511)年8月、浄徳院日立上人により浅草新鳥越の地に創建される。

その後、江戸幕府の宗教政策により同吉野町(現在の台東区今戸)に移転したが、大正12年9月の関東大震災により寺宝等ことごとく全焼するが、昭和3年3月都市計画により現在の地、世田谷区北烏山に移転再建され現在に至っている。
境内には藤棚とタヌキの置物「通称タヌキ寺」があり、参詣者の心を和ませている。


今月のことば

令和元年十一月

日蓮が流罪は今生の小苦なれば嘆かしからず
後生には大楽を受くベければ大いに悦ばし

開目鈔

このご妙判は、文永9年(1272)大聖人51歳の時に著述されたものです。
大聖人は龍口法難ののち、佐渡ケ島に流罪されました。
島についてからは 塚原三昧堂という死んだ人を捨ておくような、お堂ともいえないような場所 におられました。その三昧堂に、所持されていた釈迦仏を立て、書かれたの 開目抄です。

大聖人が佐渡流罪に至るまでの法華経弘通ゆえの迫害は、法華経に記されて いるところの「刀杖瓦牒」を指し龍の口の刑場に連れて来られる時には、少輔房に経文で散々に叩かれ、刑場では刀で首を刎ねられそうになりました。

また、「数々見損出」は、伊豆伊東の流罪とそして佐渡流罪の二度の流罪を 指しているとされました。
その故に大聖人は、「法華経の行者」としてなすべきことは、すでに達成されたのです。
法華経弘通に生涯を捧げたのであるから、二度の流罪は小さい苦であり嘆くことではないのだと、弟子檀那を励まされた大聖人のお言葉は、ご降誕八百 年たった今も、私たちの心を鼓舞し蘇らせるご妙判です。


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