ペット葬儀:常福寺沿革
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当山は、山号を「法立山」寺号を「常福寺」と称し、室町時代の永正8(1511)年8月、浄徳院日立上人により浅草新鳥越の地に創建される。

その後、江戸幕府の宗教政策により同吉野町(現在の台東区今戸)に移転したが、大正12年9月の関東大震災により寺宝等ことごとく全焼するが、昭和3年3月都市計画により現在の地、世田谷区北烏山に移転再建され現在に至っている。
境内には藤棚とタヌキの置物「通称タヌキ寺」があり、参詣者の心を和ませている。


今月のことば

令和元年九月

法華経と申すは手に取れば
その手やがて佛になり

上野尼御前返事

この御書は弘安4年(1281)、60歳の時に、上野殿と呼ばれた南茶時光の妻の上野尼御前に送られたものです。
このご夫妻は、身延山にいた日蓮大聖人のために常々ご供養の品々を送られる程、信仰心の篤い夫妻でした。
この御書には鳥龍と遺龍の話があります。鳥龍はとても字の上手な方でしたが、仏法を嫌っていました。
鳥龍が亡くなる時に子どもの遺龍にどんなことがあっても法華経を書いてはならぬと遺言し亡くなります。

ある時、大王が遺龍に法華経を書かせて経典を作ることを命じます。
しかし遺龍は親の遺言を守り断るのですが、大王は言います。
「そなたの父も我が臣下、親の不幸を恐れて題目を書かなければ科があるぞ」と。
そこで遺龍は法華経の題目を書いて王に捧げました。

さて、鳥龍は法華経を信じない罪で地獄に落ちてしまい、そのことを後悔しました。
しかし、地獄に仏があらわれ、遺龍が法華経の題目を書いた功徳によって、‘鳥龍が救われたばかりでなく、地獄の闇まで晴れたのです。
心が無くとも地獄から助かるのです。さらに信心を成せば必ず仏になると大聖人は説いておられます。


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